開発者とオーラルケア
キレイにするだけでは、口腔ケアとは言えない!
村田歯科医院(神奈川県) 黒岩恭子院長

イノベーション――。
黒岩恭子先生の口腔ケアは、こう言っても過言ではありません。
黒岩先生は「清潔さ」のみを追求する従来の口腔ケアに疑問を呈し、
誤嚥性肺炎の予防と口腔機能の維持・回復に主眼を置いた独自の口腔ケアを考案。
多くの高齢者が摂食や会話の機能を取り戻し、再び笑顔を見せるようになりました。
なぜ、新しい口腔ケアを提唱しようと決意したのでしょうか。
その背景や、具体的な診療活動についてお伺いしました。
口腔ケアが、患者さんを苦しめているかもしれない
1987年から病院、施設、在宅の患者さんの往診を始めました。その際に診た患者さんの口腔内のひどい状況は、忘れることができません。食物残渣が腐敗して悪臭を放っていたり、粘膜や舌がカラカラに乾燥して満足に飲食できなかったり……。そんな方がたくさんいたのです。
「この苦痛から患者さんを解放して差し上げたい」
強い決意の下、口腔ケアの研究を始めました。歯科医師とはいえ、口腔ケアは未知の領域。数多くの患者さんを診て、たくさんのことを学ばせていただきました。その結果至った結論は、“高齢者の口腔ケアは汚れを落とすだけでは不十分である”ということでした。重要なのは、口腔ケアと同時にマッサージで唾液分泌を促して口腔内の乾燥を緩和させることや、舌や粘膜のストレッチによるリハビリだったのです。
このとき見直したのが口腔ケア用品です。従来の口腔ケア用品では、汚れが取れてもリハビリはできません。さらに診療を続ける中、ある重大な問題に気づきました。それは、汚れをぬぐおうとすればするほど一緒に唾液も拭き取られて口腔内の粘膜が乾燥し、結果、患者さんにダメージを与えてしまっているということでした。家族や看護士・介護者、そのほか患者さんを取り巻く他職種の方々が良かれと思ってしていたことが、逆に患者さんを苦しめていたのです。
「どんな職種の人でも簡単に使えて、清掃とリハビリが両立できるブラシを作らなければ」
その考えが、新たな効果を得られる口腔ケアブラシ開発を始めるきっかけとなりました。

口腔ケアのポイントは“咽頭”
ブラシの開発は、順調とは言えませんでした。メーカーに協力を掛け合っても門前払いにされてしまったり、歯科界から「成果が出るわけがない」と批判されたり、苦労の連続で大変でした。そういう中で根気よくパートナーとなる会社を探し続ける私を見て、知人が紹介してくれたのが株式会社オーラルケアです。日本に予防を広めようと未知のチャレンジをする会社なら、新しい口腔ケアブラシの必要性を理解してもらえるのではないだろうか。そんな期待を胸に打ち合わせを繰り返すうち、熱意が通じて「やりましょう」という快諾をいただくことができました。そして1999年に誕生させたのが、『くるリーナブラシ』です。球状に植毛されたやわらかいナイロンの毛で汚れを絡め取ると同時に、ワイヤーのしなりが口腔内に刺激を与え、粘膜を清掃します。かつ患者さんへのリハビリにもなり、舌機能向上の効果を与えるものです。
さっそくこのブラシを携えて全国の病院や施設、在宅診療先を回り、機能重視の口腔ケア普及を始めました。訪問先では必ずスタッフと一緒に診察。その場で成果を見せることを心がけました。痰の詰まりが無くなることで呼吸が改善され、意識がはっきりしたり、喉に引っかかっていた痰などが取れることで発声できるようになった患者さんの様子を目の当たりにして初めて、口腔ケアとともに食べたり話したりするのに必要な「唇、舌、頬、顎などの複合的な動きを引き出すトレーニング」が必要であることをも理解してもらえるからです。
私自身も、このときの診察で患者さんから教えられることが多々ありました。たとえば、ある病院で出会った喉の奥が見えないくらい咽頭に食物残渣や痰がこびりついていた患者さん。貯留している痰がゴロゴロと音を立てていて、発熱して苦しそうな呼吸をしており、窒息しそうな状態でした。
「これは『くるリーナブラシ』で対処できないかもしれない……」
一瞬そう思いました。でも白旗を上げてしまったら、患者さんを救うことができません。その場で必死に知恵を絞りました。そこでブラシのワイヤー部分にカテーテルを巻きつけ、吸引しながら喉の奥の汚れを毛先で絡め取ってみたのです。するとズルズルズルッと出てきたのは、痰や食物残渣のかたまりでした。すぐに呼吸がスーッと穏やかになり、夜には熱も下がっていました。
この患者さんから教わったのは、咽頭のケアも必須だということです。咽頭に詰まっているものを取り除けたら吸引回数を減らせるし、吸引をしなくてもよい状態をキープしやすくなる。呼吸も正常になり、誤嚥することなく水が飲めて食事も楽になるのが明白です。このような経験を経て新しいブラシの開発を続け、ようやく長い柄で咽頭の汚れまで絡め取れる『柄付くるリーナブラシ』を完成させました。

“生きる力”を引き出せてこそ、口腔ケアと呼べるのです
残存歯が増えるなど、時代とともに高齢者の口腔内は変化します。私はそれに合わせて既存のブラシの使い方を変えたり、開発した新しいブラシに工夫を加え、それぞれに対応する機能を持たせました。
ブラシというハード面の環境は整えましたが、口腔ケアの提供というソフト面ではまだまだ課題が山積しています。口腔清拭の際、粘膜をキレイにすることで乾燥させてしまったり、咽頭に詰まった汚れが見過ごされてしまったりしています。こうした事例は枚挙に暇がありません。こうした状況で、「提供している口腔ケアは、本当に患者さんのためになっている」と言えますでしょうか。口腔ケアを担当している方には、ぜひ一度振り返ってほしいと思います。
清掃とリハビリを両立した口腔ケアを行なうことで、摂食や発話はもちろん、体や脳の機能さえ改善することがあります。認知症予防にもなると言われています。この取り組みは、患者さんの“生きる力”を引き出したと言っても過言ではありません。
口腔ケアやリハビリがうまくいき楽になって喜んだのは、何といっても患者さん自身とご家族、そして看護師やケアマネを含めた他職種の方々です。
「ずっと苦しかった呼吸が楽になった」
「母が笑うなんて、何年ぶりかしら」
「この患者さんの声を初めて聞きました」
「本人らしい生活が、また送れるようになった」
私自身、このような言葉を聞けたときの喜びは何ものにも変えがたいです。
今後も歯科医師として、使命感を感じる一瞬を積み重ねていきたいと思います。
